現実のなかで変化していくコンセプト
昨日は「合意形成マネジメント協会」の総会で、「プロセスデザイナー」の百武ひろ子さんに久しぶりにお目にかかった。総会後の懇親会で百武さんからの質問は「コンセプトってどんな意味なのかしら?」。百武さんはマーケティング世界で「コンセプト」という言葉(考えかた)がどのように、いつごろから使われていたか疑問に思ったとのこと。そんなやりとりからスタートして、会話はこんな方向に進んだ。
●例えば山口の錦帯橋
あの橋は、単なる思いつきや実用性ではない「コンセプト」があってできた橋だ。
多くの職人を束ねてあの橋を作るには「コンセプト」への説明と共感が不可欠なはずだ。
誰があの橋の「コンセプト」を作ったのか。
あの時代「コンセプト」はどのような「言葉」で語られたのか? 例えば「意図」???
●百武さんの友人のプロジェクト「竹の家」
これは成長する竹を素材とした家の話題。
前から案内はもらっていたが、近江八幡という遠方にあるので私はまだ見ていない。
この竹の家の「コンセプト」は、現実(竹の成長)に順応して「コンセプト」自体が変化していくことを狙いとしたとのこと。
そのほか「コンセプト」を巡って様々に話題は広がったが、特に私が印象に残ったのはこの二点。「コンセプト」という日常性の欠落した「言葉」を古くからある日本語の日常の言葉に置きかえること。現実に順応するなかで自然と変化していく「コンセプト」を考えること。
いまはそこから先に進めないが、この二つはこれからの創造の秘密となる「何か」の匂いがする。例えば、あるコンセプトが契機となった集団の活動が、もともとのコンセプトを自律的に成長させていく姿は、伝統的なブランドそのものではないか。

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