2004/08/16

「イベント産業の特性」への論考2

<論考1に続く>
ではイベントは投資対象として、どのような価値をもっているのだろう。それはイベントが固有にもつ時限性、参加性、体験性などの特質から考えることができる。イベントは基本的に、人と人とが何らかの形で出会い、情報を交換し、心を通わせ、或いは売買を行う、体験によるコミュニケーション活動である。ただしそれだけをとれば商業店舗も同様である。イベントの時限性、体験性、参加性とはどのような意味をもっているのか。
1 イベントの時限性
イベントがイベントである所以の第一は、時限性にある。時限性であるから、多くの人々の関心を集める対象・目的となる。時限性であるから挑戦や実験が生まれる。それ故に、そこでの体験は特別な価値をもったものとして記憶に残る。イベントがメディアを通すことで大きな収益事業となる理由もその時限性にある。メディアにとってイベントは貴重なシード(種)となる。・ イベントは期待を誘発する・ イベントは人を集める・ イベントは話題となる・ イベントは強い印象を与える・ イベントは記憶に残るこのように、イベントは時限性であることで、人の心を大きく揺さぶり、シード(種)として関連事業に収益をもたらす力をもっている。
2 イベントの参加性
次にイベントの参加性について考察する。よく言われることであるが、イベントは観る側と観られる側の区分が明確ではない。サッカーの観客を「12番目の選手」と呼ぶのは、イベントのそうした機微を言い得て妙である。観客は応援を通して、まさに試合に「参加」する。祭りにおいては観ると同時に観られることが楽しみである。さらに、イベントは制作にも多くの人々の参加を促す。本調査研究の取材対象となったイベントは、一般の人々の制作への参加が、イベントのパワーとなっている。イベントは「多くの人々が様々な形で参加する集団的な創造活動」という側面をもつ。ここで言う「創造活動」とは、映画や音楽のような、限られたプロのクリエータが作品を創り出す創造活動とは基本的に異なる。イベントの創造活動とは、多くの人々が参加することによって人のエネルギーを引出し、「限られた時間・空間」へと力を束ねることを意味する。時限性の集団的体験に参加することで共有する精神的な高揚感、集団のエネルギーはイベントならではのものであり、それは祭りやパレードなどの楽しみの源である。このように、イベントはその集団的参加性によって人のエネルギーを引き出し、束ねる力をもっている。地域活性化の方策としてイベントが着目される大きな理由がここにある。
3 イベントの体験性
こうした時限性ならではの期待感の誘発、集団への参加による精神の高揚は、商業店舗では提供できない。例をあげれば、フリーマーケットというイベントは、通常の商業店舗とは基本的に異なる。イベントは、日常にはない「特別な時の特別な体験」であることにより固有の意味をもつ。この数年来「経験価値」を重視するマーケティングが着目されている。消費者が重視するのはモノやサービスが提供する「経験の価値」であり、どのような経験価値を提供するのかがマーケティング課題であるとするものだ。そしてイベントはいま、その観点から着目されている。イベントという「特別な体験」を通して売り手と買い手が出会い、一体感を感じる。そんなコミュニケーションのあり方が、マーケティングの世界では模索されている。イベントは「特別な時の特別な体験」により、人と人との新たな出会いを生み出し、強く絆を結びつける。近年のマーケティング活動では最も重要な課題となっている「ブランディング」も、共に価値観や趣味を同じくする人々のコミュニティ形成という側面をもつ。NPOへの参加や趣味の仲間の形成も、「イベントを通したコミュニティ形成」という文脈のなかで理解される。このように、イベントは「コミュニティを形成する」うえで大きな力をもつ。そして「コミュニティ形成」は、人々の消費活動にも大きな影響を及ぼすファクターとなっている。
イベントは、旧来からの産業とは異なり、それ自体として高い収益をあげるものでも、広く市場に流通化されるものでもない。あるいは施設を事業の基盤とした継続的な運営によって収益を生み出すものでもない。イベントはその「人の心に強く働きかける」力により「集団の創造活動」を促し、様々な経済活動を活性化させる「シード(種)」を生み出し、広く社会に波紋を広げ、人の心を束ねるエネルギーとなる。「シード(種)」という点でイベントは社会的な投資であり、その回収はイベント単体ではなく、より広い見地に立った社会的効果としての評価が相応しいと考えられる。